いつも何かを調べてる

緊縛師のまなざしに愛が宿る《後編》

2011-08-31
(前回よりつづく)
これまでにいろんなお葬式に行ったけれど、
緊縛師の巨匠のお別れ会ほど強烈なものはなかった。

 平日の昼下がり、都内某ホールの大広間。
受付でお香典を出し、記帳する。
たとえばそこで、一輪の花を手渡されて
「これを霊前にお供えください」
なんて言われる場合もあるけれど…
巨匠のお別れ会の場合、
「これをお供えください」と手渡されたのは
なんと20センチほどに切られた縄!
「こちらに結び方の見本がありますから、
同じように結んでお供えくださいませ」。
お焼香やお花を手向ける代わりに、
結んだ縄をお供えしながらお別れをするという趣向らしい。
「わ、おもしろい」
「変わってるなー」
同行のディレクターと顔を見合わせて思わず笑いそうになるが
そんなところで笑っている人はいない。
列席者の皆さんは粛々と縄の切れ端を手に会場入りしていく。

皆、もちろん黒装束(喪服)だが、
女性は一目見て「Sの人だな」「この人はM」と見分けがつくのが興味深い。
Sの人は黒の網タイツに黒いピンヒールを履いており、
Mの人は黒い大きなリボンやフリルがついた喪服なのである。

正面には巨匠の遺影が掲げられている。
やっぱり仏様のような柔和な笑顔だ。
Sの人もMの人も、遺影を前にただただ涙。

数人の業界関係者が弔辞を読んだ。
「先生!
川原の木にロープをかけて、吊るしていただいた経験は決して忘れません!」
と涙ながらに語りかける声が、静まり返った会場に響く。

きっと、この会場に来ている人たちは皆、巨匠の深い愛に触れたのだろう。
縛られこそしなかったけど、わたしも巨匠が放つ愛の磁力に心を動かされたひとり。
ご冥福を祈りながら、縄を捧げる。

一通り終わったところで、
「それではここで、亡くなった先生が手がけた作品を紹介します」
と司会者が引き取り、スクリーンが下げられる。
次々と映し出される、縛り上げられた裸体のモノクロ写真。
司会者は厳粛な面持ちで作品名を読み上げる。
「責め縄伝説」「愛の調教」……。
もちろん笑っている人はいない。
皆、真顔で巨匠の作品に見入り、悲しみを新たにしていた。

SM界の巨星落つ。
奇妙な縁でその現場に居合わせたのは
ちょうど今くらい、夏の終わりのことだったと思う。

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