いつも何かを調べてる

上手に失恋した話

2011-09-25

 その夜、布団に入っても寝付けず。
 あんなに蜜月だったのに。どこまで時間を巻き戻せば、修復できるの?もう、追いすがってもダメなのね?よよよ(涙)。

 とあるお祭りのリサーチだった。
 全国的に有名な、100万単位の人が見にくるお祭り。お神輿の管理、巡行ルートの安全確保、当日の仕切りなどを一手に引き受けている地元の親方に話を聞きに行った。めちゃくちゃコワモテのおじさんで、最初はニコリともしない。でも意地悪じゃないことは伝わるので、そーっと距離を縮めていく。話を聞くほどに、親方がこの土地、お祭り、そして自分の任務を愛していることがじんわりと伝わってくる。いいなぁ。
 そうこうするうちに
「普段は公開しないお神輿を特別に見せてやる」
 と言い出した。なんともうれしい展開。神輿蔵に移動すると、親方の口はさらに滑らかに。地元のヤクザ者と対決した武勇伝なんかも飛び出して大盛り上がり。最後はすっかり仲良くなって、聞き取り取材は無事終了したのであった。

 1週間後。
 話をまとめ、構成を考え、各所にオッケーをとって、イラストを発注し…と順調に進んでいるところに、親方の部下を名乗る人から一本の電話あり。
「今回の取材、お断りしたい」
 なぬ!?
 理由を聞いても「親方がそう決めたので」の一点張り。親方と直接話をさせてほしいと頼んでも「忙しいからダメ」。相手の事情で取材が頓挫することは、たまにある。ただしほとんど場合、
・最初からなんだか嫌な予感がある
・寝耳に水だが納得できる理由がある
の、どちらかなのだけど、今回はそのどちらでもない。そこから、悶々が始まったのである。

 親方との距離がだんだん縮まっていったあの感覚はわたしの思い過ごしだったのか。事情があるならどうして直接話してくれないのだろう。部下に断らせるなんて、人として無責任すぎないか。ふん、そんな人、こっちから願い下げだ。でも…。もう一度会ってもらえれば事態は変わるだろうか。取り次いでもらえないなら、待ち伏せするしかない。待て待て、それじゃ相手はさらに引くぞ…
 って、これじゃ、失恋だよ!と自分で自分につっこむ。「もう縁がない」という現実を受け入れようとすると悲しみや怒りや未練がまとわりついてきて邪魔するのだ。
 となれば、ここはもう、上手に失恋するしかない。
 禁物なのは、悪い感情を引きずること。もっとも危険なのは「もう恋なんてしたくない」と思ってしまうことだ。なにしろわたしは、人に会って取材するのが仕事なのだから。今回のダメージで、それが怖くなってしまったらオマンマの食い上げである。

 深夜の布団の中でそこまで考えたわたしは、ガバリと跳ね起きた。そして親方に手紙を書き始めたのである。伝えたのは、色々話してくれて楽しかったということ。お神輿を見せてくれてありがとうということ。これからも体に気をつけてお祭りを続けてほしいということ。以上。
 言いたいことは種々あったが。こちとら、ふられた後で相手を責めるほど、落ちぶれちゃいねぇぜ。わたしは、よかったことだけに焦点を当てて手紙を書くことで自分のプライドを維持し、心にケリをつけたのだった。

 あれから数年。失恋の痛手にめげることなく、いまも取材仕事を続けている。でもまだ、例のお祭りを見に行く気にはなれないけどさ。

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