ピアノ調律師

2013-01-14

グランドピアノを眺めていると
つくづくこれは神様の持ち物だな、と思えてくる。
操るピアニストは神の分身。
調律師は――さしずめ巫女のような存在か。
ハンマーをあと0.5ミリ回すか、0.3で止めておくか。
鍵盤の下に紙を2枚噛ませるか、1枚にしておくか。
神様との交信機は、常人には理解不能な精密さで調整される。

世界の巨匠たちに信頼されてきた80歳の名人は、
痩身を焦げ茶の背広に包んで、しずかに語り出す。
「昔ねぇ、ボクにピアノをいじらせてくれてた
イタリアの有名なピアニストがラジオ番組に出たんだよ。
で、アナウンサーに質問されたの。
『あなたは何故あの日本人に調律をまかせているのか?』
って。
なんて答えるのかなぁ、ボクのこと褒めてくれるのかなぁ
って期待して聞いてたら。
そのピアニストね、ちょっと考えて
『邪魔にならないから』って答えた。
はっはっは。
でもねぇ、よく考えたら『邪魔にならない』って
調律師にとって最高の褒め言葉だよねぇ」

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