ファンキー翁図鑑

先生は、あの世で煙草をふかしている

2012-02-06
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先生が、死んだ。
いつか死ぬと思ってたんだ。だって「先生」だもん。先に生まれたんだから、先に死ぬのが道理だ。
わたしはとても早手回しな人間で、8年くらい前に「涙そうそう」という曲を聞いたとき、いつか先生の死後この曲を聞いたら…と想像し、めそめそ泣いた(その頃、先生、ピンピンしてたよ!)。

♪古いアルバムめくり ありがとうって呟いた
いつもいつも胸の中 励ましてくれる人よ

先生はずっと「励ましてくれる人」だった。人生はやったもん勝ちだぞと言い、「善か悪か」ではなく「好きか嫌いか」を基準にしろと言い、孤独をおそれる なと言い、楽な道と大変な道があったら絶対に大変な方を選べ、と言った。18歳のときから20年間、それだけを繰り返し聞いた気がする。怖い顔をして、も し人生に手を抜くようなら俺はもうつきあわないぞ、と脅した。仲良しこよしみたいなつきあいは、俺、する気ないから。そして、最後に必ずこう言った。「で もお前さんがちゃんと生きているなら、俺はずっと味方でいてやる。困ったらうちにくればいい。メシぐらい食わせてやる」。先生は元料理人で、抜群の腕を 持っており、いつも中華鍋ひとつで何品もつくって「食え、食え」と振る舞ってくれた。だから「メシぐらい食わせてやる」は、とても具体的な励ましなのだっ た。

大学の語学クラスで先生に出会った。大柄で、くたびれた背広を着て、布靴を履き、目をギョロリと光らせて…なんだか、教師という堅気な職業には似つかわ しくない風情で。授業の大部分は中国文化に関する雑談だった。漢字のはなし、中国史に出てくるヘンテコな人物伝、中国のふしぎな風習。単語の暗記や文法は 苦手でも、そういう雑談には食いつく学生がいることを計算していたのだろう。そこにまんまと反応したのがわたしだったわけだ。
先生は、授業と授業のあいまに教職員室でほかの先生と世間話をするのが大嫌いだった。だからいつも大学構内の決まったベンチで、煙草をふかして、休み時 間をやり過ごす(RCサクセションの「ぼくの好きな先生」みたいに)。定位置のベンチに先生の姿を見つけると、わたしはいそいそとそばへ寄っていき、雑談 のつづきをせがんだ。先生はまるで、日本語で書かれた本はすべて読み尽くしてしまった人に見えた。そんなことあるわけないけど、そのくらい、知識の物量が 圧倒的だった。最近は中国語の本ばかり読んでいる、中国にはおもしろい本が無尽蔵にあるからな、なんて言っていた。教室の外で会うと、その発言は過激でも あった。1969年にいろんなことから降りた、というようなことを聞いた記憶があるが詳細は知らない。

大学を卒業したわたしは、先生とその仲間たちのアジトへ出入りするようになる。横浜中華街のマンションの一室で、わたしより20も30も時には50歳も 年上の大人たちが水滸伝や史記や老舎を学んでいた。清朝末期の茶碗で中国茶を飲みながら。出入りしている人たちは、公務員であり、会社員であり、自営業者 だった。でも、その場で仕事を含めた世俗の話が出ることはほとんどない。先生が言うところの「遊び」の空間なのだった。
日が暮れると先生の手料理をつつきながら、ビールと紹興酒。基本的にわたしはいつも黙って大人たちの話を聞いていた。中国文化に関することはもちろん、 彼らが繰り出すどの話題にも、とてもついていけなかったから。トンチンカンなことを言って座を乱してはいけない、というのが、年少のみそっかすのせめても の配慮だった。「仕事はほどほどに、遊びは命がけでやるものだ」「近頃は、おもしろい男が減っている」「恥ずかしいのは貧乏ではなく、いい加減な仕事をす ること」…。結果的に、あれは年上の人の話を聞く絶好の練習になったと思う。偏屈で好き嫌いの激しい先生は、よく機嫌が悪くなった。酔うと話が長かった。 ときに決めつけるような物言いをした。情が深くて、面倒くさいことも多々あった!でも、それも含めて、若い自分には刺激的だった。
しかし中国語の勉強はマッタクしなかった。先生と20年もつきあって、いまだに中国語の発音すらできない教え子は、間違いなくわたしだけだ。よくも まぁ、破門されなかったものだと思う。先生は、いつかわたしが中国のことを勉強したいと言い出すのを待っていたのかもしれない。待っていて、でも決して強 要せず、結局わたしは勉強しないみそっかすのまま終わった。

先生は、いかにも大陸の血が流れているらしい、骨太な大きな手をしていた。少年の頃はバスケットボールをついていた手。そして長い年月、包丁を握り、重 たい中華鍋を振ってきた手。中指のペンだこが目立っていたが、きっとよく見れば、無数の切り傷や火傷の跡もあったのだろう。「俺の手は、職人の手だ」と自 慢した。おそらく、ペンだけを持って暮らすことができた学者の華奢な手を少し羨み、そして軽蔑していたと思う。職人だからかどうかは知らないが、いつも爪 をきれいに切りそろえていた。あの手が煙草を箱から引っ張りだすシーンを、缶ビールを引き寄せるシーンを、本のページを繰るシーンを、ありありと思い出す ことができる。

10年くらい前に上海の路地裏を散歩したとき、手をつないだような気もする。恥ずかしいからそんなことはしなかったような気もする(男の人と手をつないだかどうか忘れるなんて…情けない)。
大陸の、まだ浅い春の空気を味わうように、ゆっくり歩いた。途中、路上で花を売っている人がいて、わたしたちはどちらともなく立ち止まった。先生は通り すがりの庭木や道端に花を見つけると、たちどころにその名を言えるほど花に詳しく、花が好きな人だった。上海のすすけた路上に並んだ色とりどりの花。先生 はぶっきらぼうに「どれがいい?」と聞いた。ん?あ!買ってくれるつもりなのか。瞬間、意図を悟り、だが咄嗟に喜びを無邪気に表現することもできず、「花 をくれるんですか」と確認するのも野暮に思われ、曖昧な沈黙。「…いらないか」と言うので、慌てて「いります!」と答えた。どの花にしようか悩み抜いた結 果、「フリージアがいいです」と言おうとしたら、まったく同じタイミングで先生が「フリージアがいいな」と言って、黄色いそれを一束買ってくれた。黄色い フリージア。中国語でなんて言ったのかしら。

最後に会ったときも、わたしは先生の手を見ていた。喉に穴をあけて、もう口から栄養をとることはできないようだったが、驚くべきことに、その状態で煙草 を吸っていた!もう長くないことは先生自身もわたしもわかっている。でも、そのことをどう話していいかわからない。暗い顔をするわたしを持て余し、先生は すぱすぱと煙草をふかした。わたしは泣かないように気をつけて、煙草を挟む二本の指を凝視していた。指も痩せるんだなぁ。指が痩せると、関節が際立つんだ なぁ。なんて考えながら。
ずいぶんと痩せて見えた指だったが、帰り際に触ったら、やっぱり大きくて骨太だった。強くわたしの手を握り返し、「手を抜かずに生きろ」と言った。これ まで何度も言われてきた言葉。念を押すように、かすれた声でもう一度、言った。「俺はずっとそばにいるから、手を抜かずに生きろ」。

もう死ぬくせに、ずっとそばにいるって、なんだよ。それに対してわたしは、どう答えればよかったんだろう。先生の家からの帰り道、ずっと考えた。次の日 も、その次の日も。そうして5日目の朝。そうか!「わたしも先生のそばにいます」と言えばいいんだって、やっと気がついた。急いでハガキに書いて投函した が、そのハガキが届く前に、先生は死んだ。
その、最後まで間が悪いところも含めて、ぜんぶが先生らしく、わたしらしい。先生は、しょーがねーなーって笑いながら、あの世で煙草をふかしているだろう。

みつい | 2012.02.07 13:58

一生のうちで人生の師と呼べる人に出会えるというのはとても貴重で羨ましく思います。やはり人って誰かに支えられながら生きているというか生かされてるんですね。
その方のご冥福をお祈りします。

清水 | 2012.02.07 17:40

コメントを返すには、自分が不適格な人間であることを痛いほど自覚しながらも、これも私流の野暮な気遣い・礼儀ということで。

先生への最高の弔辞です。
真紀と先生との出会い(半生)の紡ぎが、こんなにも真紀の人格と人生形成に決定的な存在者となっていたことに、改めて強い感銘を受けました。

真紀流の聡明な明るさで、その深さを、このようなエスプリのきいた文章で表現ができるなんて、さすが真紀 とあらためて見直しもしました。
やっぱり真紀の天分は、才いろいろあれど散文家・物書きにあると。(ファンの褒め殺しかな?)

「先生」といえば、漱石の『こころ』をすぐ思い出されましたが、真紀の「先生」意趣のテーマ・文体なれど現代版「先生」として楽しく微笑ましくでも大切に読まさせていただきました。
先生にも、教え子からのかけがえのない嬉しい最高の送る言葉となって届いていることでしょう。

あまり不器用な無教養人がこれ以上稚拙な言葉を並べたてても、ぼろが出るだけで嫌悪に陥らせてもいけないので、この辺にしておきます。でも真紀の先生への鎮魂しっかり心に伝わりましたました。
「ずっとそばにいるから」
そんな至極の出会いを導いてくれた先生への素敵な文章有り難う!                    -合掌-

admin | 2012.02.09 7:18

みつい様
いつもピッタリの嬉しいコメントを
ありがとうございます♪
いろんな人に会えて、笑ったり泣いたりして
ぜったいに逆戻りはせずに過ぎていくのが
人生なんですねー。
あぁ、ご一緒にしみじみと杯を重ねたい気分です!

admin | 2012.02.09 7:33

清水様
丁寧なコメント、痛み入ります。
穴を掘って隠れてしまいたくなるような
褒め言葉をたくさん…あぁ、幸せ。
でも、先生に聞かせたら、
「弔辞なんて、ロクでもねぇ」
と憎まれ口を叩くと思います。
叩けるもんなら、叩いてみろ。えへへ。

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